ニルギリ

今からもう10年前に閉店してしまったけれど、大津に『ニルギリ』という喫茶店があった。喫茶店という枠には入らないかもしれない。コーヒーはなかったし、インド紅茶と、フードメニューもインド風。

知る人ぞ知る、今では伝説のお店。そこだけは いつも別の時間が流れていた。

お店の存在は中学生くらいから、前を通って知っていたけれど、蔦の絡まった中の見えない重々しい扉に隔たれていて

初めて入ったのは大学生になってからでした。それからの人生に どれほど『ニルギリ』の存在が大きかったのか、
しみじみ思い返すことになるのは、それからずいぶん経ってからのことでした。


いつも少し遅れている、ねじ巻き式の掛け時計。木枠のドアをあけて中に入ると 静かな音楽が低く流れていて、すぐに店の人は出てこない。お気に入りの席にすわってしばらくすると、キャンバスに描きこまれたメニューを手に、異国風の顔立ちのご主人がゆっくりとやってくる。ここだけにしかないポットにたっぷり入った紅茶は、それまで飲んでいたどの紅茶ともちがう、深く濃い味でした。
ミルクで煮出したチャイという飲み物は、このお店ではじめて知ったのでした。
インド風なカリーや、サモサも。
また、お店の方の作るスイーツも、とびきり美味しかった。
金柑のココット、洋ナシのタルトなど、季節ごとに変化。随時5種類ほどメニューには描かれているけど、たいがいそのうちの3種類ほどは「あの。。すみません、もうないんです。。」

紅茶とカリーのセットで、スイーツまで。ここで過ごす至福のひと時。
壁の棚に飾られたインドの小物。イギリスアンティークのテーブルにかけられた更紗。
ひとつひとつが、お店の人の想いが伝わってくるもの達。

ここで過ごした時間を思い返すと、おもわず遠い目になって、しばし手を止めて、浸ってしまいます。

お店のご夫婦とは、お店をされている時はほとんど親しい話をしたことがなかったのですが、
閉店後、偶然にも私たちの住む町の近くに引っ越され、それから、交流が始まりました。
今は自然農法の畑をされています。

最近また近くに引っ越され、今度は自宅に、お店をしていた頃の家具などを置かれました。
先日はじめてお邪魔したときに、まるで昔のお店にきたような錯覚を覚えて、
懐かしく、写真を撮らせていただきました。

あのお店が、忘れられない場所として、心に残っている人はたくさん居られると思う。
常連だったお客さんが、『ニルギリ』のイメージで新しくお店を開かれてもいます。

『ニルギリ』 というお店の形をとって、私たちに、生きてゆく上での大切なことを示してくれていたと感じます。
後々、思い返してみても、やっぱり あのお店で過ごした時間は、かけがえのない大切な時間で
そして、今も、お店のご夫婦は 生き方そのもので、それを示してくださっています。