もう切るわ 井上荒野

もう切るわ

もう切るわ

ある1人の男に関わった、二人の女の心の中の図。それぞれの視点から語られながら、物語が進行してゆく。

先日読んだ同じ作者の『ベッドの下のNADA』は もっと掘り下げてほしかった、という思いが残った。
これも 掘り下げてはいない。でもこれは穴の途中から傍観しているようで、でも その描かれた細部には
真実と嘘が幾重にも折り重なって、集積しながら そこに 確かに描かれているものがある。いや
確か というような明確なものではなく、何かがあるのはあるのだけれど、それが何なのか、まったく解明
されていない、宇宙の物質、ダークマターのような、存在。

「かきむしりたいような後悔とわけのわからない高揚感 その末に口から出てしまった言葉。。。
ばかのように繰り返すしかない言葉。」

「心の中の泥濘はどうこねても泥濘のままだ」

どうにもできずに途方にくれているけれど、それから やみくもに逃げようとはせず
淡々と 密かに血を流しながらも それを否定してしまわず、でも達観するまでもいかず
黙々と歩み続ける。嘘と真実を何度も塗り重ねながら。

あとがきに作者が「迷路の中でいつもうろうろしている私が書くこの物語はー中略ー案内図ではありません。
嘘や真実の無数の宇宙に繋がっている万華鏡のような迷路それ自体を、ただ静物画のようにスケッチしてみたかった」と。

そのまま ありのままの姿というのは 人を安堵させてくれるものではない。
でもそこに真実があるのだと思う。
それを描いた小説。