密やかな結晶 小川洋子

密やかな結晶 (講談社文庫)

密やかな結晶 (講談社文庫)

[記憶狩り]によって 消滅が静かに進む島。人々は何を失ったさえ思い出せない。
主人公の[私]はその島で小説を書いている。
島の一部の特殊な人たちは 消滅のあとも記憶は消えず 記憶狩りから追われる。
私 の母もそうであったし 私にとって 大切な人もまた 見つかれば連行されてしまう存在である。
私はその彼を自分の家の隠し部屋に匿うことにする。記憶を失わない彼と 消滅の度に記憶を失い続ける私は。。。

物語の舞台となる島の全体のイメージは、北欧の寒く曇った灰色の空。
川床に石を積み上げて作られた地下室のある、主人公の住む家。
その前を冷たく流れる川が 薔薇 の消滅が起こったときには島中の薔薇の花びらで埋め尽くされる。
その鮮やかな色彩。

日ごとに消滅は進み 記憶狩りの手は一段ときびしく取り締まりが行われる。
その様子はナチを思わせる。
迫るその手に 抗いながらも、飲み込まれてゆきながら 
その中に身をゆだねてしまうことへの陶酔のようなものも感じられる。
この物語の中で主人公の私が描く世界はよりそれを表している。

物語の最後には なんとか救われるのではないかと 期待を捨てずに読み進めて
いったけど、終わりが近づくにつれ、主人公の私自身が抗うことよりも
自ら消滅に身をゆだねていってしまう。
読み終わったとき 救われない思いに満たされてしまったけど、
これは、ハッピーエンドだったのかもしれない。
哀しくも美しい情景がいつまでも目に焼きつくように残った。